「伊藤レポート」について今更聞けない疑問にお答えします。
特に、忙しくて時間のない社会人の方、サクッと「人材版伊藤レポート」を理解したい方、ご利用ください。
この記事の目次
Q1:人的資本開示が最近騒がれているけど、なんで?
私が考える最大の理由は、
2021年6月に、コーポレート・ガバナンスコード(以下CGコード)の改定で、人的資本に関する記載が追加されたこと
だと思ってます。
やはり、企業が自分事になると、動きが活発になるんですよね。
CGコード改定により新設追加された内容例(注意:その他にもある点ご留意ください)
【補充原則2-4①】
上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主性かつ測定可能な目標を占めるとともに、その状況を開示するべきである。
コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)補充原則2-4①
また、中長期的な企業価値の向上に向けた人材戦略の重要性に鑑み、多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針をその実施状況と併せて開示すべきである。
また、最近の動向という意味では、ほぼ同時期に米国でも同様の動きが。
2021年6月に米国の証券取引委員会(SEC)の年次規制アジェンダに、「気候変動リスク」の他に、「社員や取締役の多様性」の人的資本に関する開示が挙げられているのです。
つまり、世界的に「人的資本」について注目が集まっているのです。
そもそも日本で改定があったということは、すでにその開示が重要だということが認知されていたことを意味してますよ。
その認知を加速させた一つが、本記事のお題の2020年9月に公表された「人材版伊藤レポート」なのです。
ちなみに、2021年6月のCGコード改定内容を詳しく知りたい方は、こちらの本をどうぞ。
Q2:そもそも「人材版伊藤レポート」の伊藤さんって誰?
伊藤氏は、経済産業省の『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクトの座長をつとめた伊藤邦雄一橋大学教授(当時)のこと。
2014年8月に公表された上記プロジェクトの最終報告書を、座長の名前をつけて「伊藤レポート」と呼んでいるのです。
「伊藤レポート」の詳細は割愛しますが、この「伊藤レポート」の
最低限 8%を上回る ROE を達成することに各企業はコミットすべきである。
というコメントが有名です。
このレポートが経済界に大きなインパクトを与えたので、「伊藤レポート」という単語は有名になったのです。
その後も同様に、伊藤氏が座長を務める「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の最終報告書を、伊藤レポートと区別するために、「人材版伊藤レポート」と呼び、そして、2022年5月に公表されたアップデート版を「人材版伊藤レポート2.0」と呼んでいます。
年 | 報告書 |
2014年8月 | 伊藤レポート |
2017年10月 | 伊藤レポート2.0 |
2020年9月 | 人材版伊藤レポート |
2022年5月 | 人材版伊藤レポート2.0 |
その他にも伊藤氏は、「人的資本」と同じく、企業が対応しないといけない「気候変動リスク」でも有名な方。
気候変動リスクに関する開示指針の一つ「TCFD提言」に賛同する企業が、効果的な情報開示について議論する場であるTCFDコンソーシアムの発起人の一人であり会長でもある方。
また、過去には三菱商事、東京海上ホールディングスなどの社外取締役を歴任し、2022年5月現在は、セブン&アイ・ホールディングス、東レ、小林製薬の社外取締役を務めています。
あと、下記書籍も出版されてます。
兎にも角にも、企業が対応していかなければならない、「人的資本経営」「気候変動リスク」のど真ん中にいらっしゃる方。
因みに、「伊藤レポート」の真意を知りたい方は、こちらをどうぞ。
Q3:なんで、「人材版伊藤レポート」って公表されたの?
企業価値の決定因子が、有形資産から無形資産に移行しているのです。
米国S&P500の市場価値に占める無形資産の割合ですが、2020年には90%になっていますね。
(出典:OCEAN TOMO)
無形資産の内、「人的資本」が企業経営の根幹であることは言うまでもないでしょう。
つまり、「人的資本」の価値の創造が企業価値に影響を与える時代になっているということ。
そうであるなら、企業の目標を達成するための「経営戦略」と「人的資本経営」を実現する「人材戦略」は、連動している必要がある。
けど、その連動性の意味や必要性を十分理解し、組織的に行動している日本企業が少ないのも事実。
このままでは、グローバルな企業価値競争の世界で、日本企業は淘汰されてしまう。
そこで、まずはその考え方を、日本全体に浸透させる必要があるということで、「人材版伊藤レポート」の公表に至る。
Q4:「人材版伊藤レポート」って何が書かれているの?
一言で言うと、
今までとは異なる、これからの「人材戦略」の在り方
が書いてあります。
つまり、人材版伊藤レポートのメッセージは、
いままので「人材戦略」の捉え方を変えなければならない
ということ。
具体的な内容は?
大きく3つ
①いままでと、これからの「人材」の捉え方の違い
②これからの経営陣・取締役会・投資家に求められる役割
③これからの「人材戦略」に含めるべき要素と、戦略を機能させる視点
「人材版伊藤レポート」は、この3つの内容を、丁寧に図にまとめてくれているので、
むしろそれを見ておくだけで、大枠が理解できます。
本記事は、簡単に知っておきたい方向けのため、個々の詳細の説明は割愛しています。
①いままでと、これからの「人材」の捉え方の違い
これからの「人材」に対する見方が、いままので見方との比較で書かれています。
つまり、「人材」に対するパラダイムシフトが必要な箇所。
(出典:経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~」)
”人事部”の「人材関係は人事部任せ」なんかは、わかりやすい固定概念の1つかもしれないですね。
②これからの経営陣・取締役会・投資家の役割
①のパラダイムシフトを起こすには、トップが、「経営戦略」と「人材戦略」を両にらみで考える必要があること。
そして、いままでの取締役会のモニタリング項目・投資家との対話の内容に「人材戦略」という視点が追加される点が書かれています。
この報告書のキモはここ。
日本企業の全経営陣に向けた、”いままでの考え方を変えなさい”というメッセージだから。
(出典:経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~」)
③これからの「人材戦略」に含めるべき要素と、戦略を機能させる視点
中長期的に企業価値向上させるためには、非連続的なイノベーションを生み出し続ける必要がある。
そのための「人材戦略」に含めるべき5つの要素と、その戦略を機能させる3つの視点が書かれている。
(出典:経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~」)
3つの視点については理解しやすいと思いますが、5つの要素については、簡単に説明追記しておきますね。
(参考:5つの要素)
要素 | 内容 |
①動的な人材ポートフォリオ | 現時点の人材やスキルを起点とするのではなく、将来の目標を達成するために必要となる人材のパイプラインを構築 |
②知・経験のダイバーシ | 同じ考え方のメンバーのみから、多様な考え方を持つメンバーで構成される環境を構築 |
③リスキル・学び直し | どの年代も、リスキルや専門性の向上など、学ぶことが普通なカルチャーを構築する戦略 |
④従業員エンゲージメント | 画一的なキャリアパスや研修の提供ではなく、多様な一人一人にとって魅力的な就業経験・機会等を提供することで、従業員にやりがいを感じさせ、主体的に業務を取り組む環境を構築する |
⑤時間や場所にとらわれない働き方 | 新型コロナウィルス感染症など、社会環境が変化する中でも、事業活動を安定して継続していくために、出社しないと仕事ができない環境から、いつでも、どこでも働くことができる環境を構築 |
最後に一言
「人材版伊藤レポート」に何が書かれているのか、簡単に説明してきました。
皆さんはどのように感じたでしょうか。
私的には、
「人材」に対する意識を”今”変えないと、世界の潮流に取り残される可能性がある
という警鐘を鳴らしてるレポートだと理解しています。
ページ数はそこまで多くないので、原文を斜め読みするのもありですよ。
関連リンク
参考図書